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第47回:十三妹

ビブリオイズム047

 舞台は三百年前の中国。大邸宅の深窓の奥の奥、第一夫人と第二夫人が首を切り落とす話をしているところから物語は始まる。この第二夫人が主人公・十三妹。十三妹と書いて「シイサンメイ」と読む。中国女侠客のお話である。

 平成の時代にあって戦うヒロインの話はごまんとあるが、これが書かれたのは1960年代である。しかも新聞小説でである。武田泰淳も思い切ったことをしたものである。どうやら時代を先取りしすぎたようで、あまり売れなかったらしい。十三妹が元祖戦うヒロインとするならば、夫人に守られるインテリご主人様・安公子は元祖草食系男子といったところか。どこまでも先取りである。


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第41回:動物農場

ビブリオイズム41

 権力の甘い罠。それにいとも簡単にからめ取られる人間。からめ取られた末の世界。動物の姿を借りて語られる現代のおとぎばなしである。
 そこにソ連の歴史を重ねるかどうかは今となっては大した問題ではない。普遍的なヒトの姿がそこにある。ただし、豚好きの人は読むべからず。


第38回:帰ってきたヒトラー

ビブリオイズム38

 コメディである。
 コメディとして描かないとまずいくらいデリケートな問題を含んでいる。ヒトラーが現代によみがえり、テレビで信念に従って「正論」を吐きまくる。時にそれはドイツの現在の政治家にも向けられる。視聴者はそれをヒトラーそっくりコメディアンの毒舌芸として受け取るのであるが……。

 現代日本に東条英機が復活し、テレビで安倍首相をこき下ろす。そんな筋立ての小説が出版されたら、とりあえず話題になるだろうし、いろいろな方面から賛否両論渦巻くことになるだろう。しかしそれとて、ヒトラーの比ではない。ヒトラーはヨーロッパの人にとって絶対悪であり、ドイツ人にとっては口にするのも憚られる負の遺産そのものである。ドイツにおいて2015年現在、いまだ「わが闘争」は発禁扱いなのである。

 本書はそのドイツにおいて出版されたのだから、すごい。そしてドイツでベストセラーになる。もちろん賛否両論巻き起こしたのは言うまでもない。
 ヒトラーを怪物だ狂人だと全ての責任を負わせ切り捨ててしまえば楽といえば楽だが、そこからこぼれ落ちてしまうものも多くなる。あとがきに書かれた作者のインタビューがそれを物語る。「人々は、気の狂った男を選んだりしない。人々は、自分にとって魅力的に見えたりすばらしいと思えたりする人物をこそ選ぶはずだ」。ナチスは通常の選挙で国民が選んだ政党だ。ヒトラーを選んだのはドイツの民衆なのである。もちろんそれでヒトラーの所業が正当化されるわけではないし、この小説のようにヒトラーを人間的魅力に富んだ人物として描いてしまうことは、やはり危うい。だが、彼に人を魅了する力が備わっていたことを完全に無視してしまって良いのかどうか、問い直す価値はあると思う。危うさを認識しつつ、そこに足を踏み込む勇気も時には必要なのかもしれない。
 日本人がアベノミクスや小泉劇場に入れあげるだけなら大したことないじゃないかと思うかもしれない。でもヒトラーに投票した人たちも、初めは今の日本人の感覚と変わらず当選させたのだと思う。熱狂が渦を巻き始めると、望むと望まざるとにかかわらず、誰にも止められなくなる。その時「僕は自民党には入れていない」という言葉は虚しく響くだろう。プロパガンダでどうにでも動かされる民主主義というシステムの危うさを忘れてはならない。

 この小説はヒトラーを正当化するものではない。ただ、歴史の中でこぼれ落ちてしまったものをもう一度拾い集める作業をエンタテインメントとして結晶させた作品である。




第36回:月と六ペンス

ビブリオイズム36

 謎の題名が、読み終わったあと解明され「ああ、そういう意味だったのか!」とすっきりする小説が精神衛生上は良い。

 「月と六ペンス」には「月」も「六ペンス」も出てこない。謎の題名は謎のまま残され、解釈は読者に委ねられる。答えは読者の数だけあり、すっきりはしない。
 だがそういう小説も良い。読者がどこに「月」を見、「六ペンス」を見るか、あるいは全く見ないか、それは自由である。

 本書は主人公である中年男ストリックランドがある日画家を目指して、家族も社会も捨て破滅的に人生を満たしていく物語である。世間的には破滅であり取るに足らない「六ペンス」の人生であっても、本人的には至福であり「月」のごとく静かに揺ぎなく輝く人生はありうる。そしてまっとうな社会人を営んでいる現代の人ほど、そういう人生にどこかで憧れる。自分の生き方を貫くために、社会の常識と真っ向対峙する人生に憧れる。

 「『おれは、描かなくてはいけない、といっているんだ。描かずにはいられないんだ。川に落ちれば、泳ぎのうまい下手は関係ない。岸に上がるか溺れるか、ふたつにひとつだ』」
 「月と六ペンス」は求める人が読めば、しがらみから自らを解き放つ力を持つ。



第34回:ここがウィネトカなら、きみはジュディ

ビブリオイズム34

 ドラえもんの道具で一番欲しいものは?

 こんな質問をされたとき、おそらく上位に来るであろうものの中にタイムマシンがあると思われる。
 本書は海外のタイムトラベル小説の珠玉を集めたアンソロジーである。タイムトラベルものの命はそのタイムトラベルによって生じる時間の齟齬をいかに捌くかにある。時にそのタイムトラベルが重大な歴史の改変につながったり、時にそのタイムトラベル自体が既に歴史に組み込まれていたり。いずれにせよ整合性を持って読者に納得いく答えを提示できるかが作家の腕の見せどころであり、タイムトラベル小説の妙味である。

 本書の中で好きな作品は二つある。
 一つは本書題名にもなっている「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」。まず題名にしびれる。こんな思わせぶりなタイトルを僕は他に知らない。このタイトルを初めて見た時のゾクゾク感を人と共有することは難しいが、とにかく想像と妄想のスイッチが一気にMAXに入ってしまうようにクラクラしてしまった。そして内容も納得のいく面白さだった。種明かしは控えるが、結論としてはこの題名が全てを物語っていたということである。
 そしてもう一つ。「彼らの生涯の最愛の時」。これはタイムトラベルものの最高峰だと思う。賢く洗練された六十過ぎのおばあちゃんと十八歳の少年が結ばれてしまうという何ともエキセントリックなラブロマンスなのだが、読後「腑に落ちるとはこういうことか……」と唸ってしまう作品である。

 ところでタイムマシンはこの三次元で本当に作れるのだろうか。
 僕は数学も物理学も詳しくないので単なる想像なのだが、時間の解釈に天動説から地動説への転換のようなコペルニクス的転回が起こることでタイムマシンは可能になるのではないかと考えている。過去から未来へという一方通行ではない時間文法がまだ発見されず眠っているだけではないのか。僕たちがどうしても抜け出すことのできない一方通行の時間文法から解放されたとき、意外に簡単にタイムマシンは作れるのではないかと想像している。そして多分その時には冗談じゃなく、どこでもドアも既に開発され一家に一扉あると思われる。ただしその世界が三次元と呼ばれるものかどうか、それは分からない。

 さて2015年の始まりです。


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タニグチゲン

Author:タニグチゲン
紙の本が好き。
お気に入りの本をオリジナルイラストとともに紹介します。

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